No.013

Hwang Chiwoo黄治宇

大学院保存修復専攻

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大学院美術研究科 保存修復専攻 黄治宇さん インタビュー

保存修復専攻修士1年の黄治宇さんに普段の研究や専攻などについてお話を伺いました。

普段どんなことをしていますか?

和紙の研究、実験、分析をしています。研究テーマは和紙の加工技術のひとつである打ち紙です。他にも紙本と絹本文化財の修復技法を勉強しています。

なぜ和紙に興味をもったのですか?

絵画の支持体として何千年と続いてきて、現在まで保存されているという点に興味がありました。基底材である紙が悪いと良い絵も残せないし、劣化して消えてしまいます。和紙についてはけっこう謎が多くて、特に古代絵画と書写用紙サイジング技術などは今の時代と全然違います。私も紙の滲みを止める技術について興味があるので、修士の間は打ち紙について研究したいと思ってます。今年は異なる打ち紙方法におけるサンプルの試作を主にしています。

日本で研究する理由はありますか?

京都の町が好きということが一つの理由です。特に私の故郷、かつて南宋時代の都だった杭州(旧称臨安)と京都は似ているように感じます。杭州は現代都市建設が進められ、今は私がいた時とは全然違う様子になってしまいました。文化が時代の更迭によって失われ、消えていきます。一方、中国江南部は昔から日本との交流が多く、日本は少しずつ南部の文化を取り入れてきました。そんな故郷にある文化の断片を日本で探せればと思っています。
もう一つの理由は中国の手漉き紙は主に画仙紙が大半を占めている、ということです。中国の手漉き紙は主に画仙紙が大半を占めています。昔は中国各地でも今の日本のように多様な繊維を紙にしていました。楮紙、雁皮紙、麻紙や繊維を一定の比率で作った混抄紙など、種類もいっぱいあったけど、近代化や歴史的な原因で今は画仙紙一筋で生産する工房が多いです。日本だとバリエーションが多くて面白いかなと思ったのでそれがきっかけではあります。

なぜ京芸に?

私は学部のときは京都精華大にいて、そこで何人かの京芸出身の先生にお世話になりました。将来は学問と技術を兼ね備えた修復技術者になりたいと考えていたので、どちらの大学院が良いか先生に相談しました。日本史や保存科学専門の先生、模写も一流の文化財修復士から学べる京芸の環境は贅沢だよ、と京芸へ進学することを勧められました。
精華にいるときは「和の工房」という表具と模写に特化したゼミに2年間在籍しました(今学期で解散予定)。当時は学校にいらっしゃる表具師の元で掛け軸や屏風を仕立てる技術を身に付け、修理の技術は京芸に入ってから少しずつ現役の修復技術者から教わっています。今後自分が学問と技術を両立した技術者になる夢を実現するための必須選択だったかもしれません(笑)

どんな風に普段授業されているんですか?

専攻内にゼミがあって、模写、保存科学、美術史の常勤の先生が3人いらっしゃいます。非常勤講師としていらっしゃる修復技術者の先生1人を加えて、教員は4人いらっしゃいます。私はいま保存科学のゼミにいて、主に理系のことを学んでいます。
ゼミははっきり分かれてるわけではなくて、多方面の知識が得られます。それは他の大学ではあまりない特徴かもしれません。金曜日には保存修理実習があって、それは何百年前の物と実際に触れ合う貴重な機会です。修復作業をするときに使う糊も毎週新しく作らなければなりません。それは私達修士1年生の仕事なのです。
今研究室にいらっしゃる先輩や同級生のそれぞれの研究・制作の内容はバラバラです。水墨画、装飾経、仏画と板絵の復元模写など…私は絵は描かずに研究しています。

制作展ではどんな展示をしますか?

私は作品展示ではなく、報告形式になります。制作展では打ち紙の実物を展示したいと思っています。加工するにはけっこうコツがいるので、今は練習しながら試作している段階です。制作展が迫っていますが、割とペースが遅いかなと感じています…

コツとは?

打ち紙といっても、紙を打つだけじゃなくて…水が多すぎると溶けてしまいます。少なすぎると繊維が破壊されてしまいます。打っていくと、紙によっては最初の厚さの3分の1くらい薄くすることができます。うまくいくとけっこう表面がツルツルになり滲み止めの効果がでます。段階を分けて打ちしめていって、その各段階を微調整しないとうまく仕上げられません。
紙を牛革の中に入れて…ただ力を入れて叩いてるのではなく、小さいハンマーと大きい木槌を使い分ける必要があります。特に木槌の鋭い部分が際のところに当たらないように叩きます。当たるとその部分だけがへこんでしまって紙が均一な厚さになりません。

研究では他にどんなことをしていますか?

顕微鏡で和紙の繊維や填料の特徴などを観察しています。C染色液を調製して紙の繊維を特定できるので、知らない紙をもらっても染まり方でそれがどういう紙か分かります。紙のサンプルを少しだけとって、染色したものと染色していないものを並べて観察します。こういうものを写真で記録し、紙についての資料を収集するのが私が主にやっていることです。実際にここで薬品を調合したりもできます。実は学部の前は理系でした。今はそれが役にたっているなと思います。

研究はかなりお金がかかりますか?

かかりますね、紙1枚で1000円以上かかります…研究室の絵を描いてる人は板や絹にお金かかります。銀箔や金箔も本物使っているので…自分で出せる研究費の予算は限られてるから節約して、できるだけ消耗品以外は研究室にあるものを使うようにはしてます。

紙の研究者ってどれくらいいるのですか?

現役の教授で紙だけを研究されてるのは今は本当に少ない状況です。定年退職されたか、される直前、もう亡くなられた先生方もいらっしゃいます。中国の画仙紙も韓国の韓紙も日本の和紙も最近は需要が少ないから、産業自体が小さくなっています。日本が手漉き紙の多様性を守らないと、東アジア文化圏の手漉き紙産業が危ういかもしれない。今、絵画書写障子張りなど以外で身の回りに和紙を使う用途って思いつきますか?やはり産業を維持する新たなアイディアが生み出さないと、今のままでは難しいかもしれません。

手漉き和紙工房の現状は…?

紙の職人さんたちもご高齢で、人間国宝級の工房だったら弟子も入ってきたりするけど、本当に小さい家族経営の工房だと後継ぎがないとすぐなくなっていくかもしれません。
裏打ちには奈良にある美栖紙が必須なのですが、学部の時ひとつ上の先輩がその工房に弟子入りしていました。その弟子も1人ですけど…やめるとか許されないと思います。それは責任感やプレッシャーもあるでしょう。後継ぎが消えたらそもそも国内の表具ができなくなる…結構深刻な状況です。後継ぎ確保の問題が甚だしくなってきました。

道具はどんなものを使っていますか?

修復実習はたくさんの道具を自作します。これは竹べら、一尺指し…表具にするときの寸法は全部尺です。長持ちさせるために自分の竹べらに漆を塗りました。古代は綺麗にする目的じゃなくて、長持ちさせたいものにしか塗らないでしょう。お碗とか櫛とか…漆は可能性がある天然塗料です。
あとは良いピンセットがないと仕事になりません。他にも小さいものを計る定規や適切な寸法を直線で裁断するために点を打つ星突きという道具などもあります。これは今修復実習担当している先生が業者さんに提案した道具巻です。ちょっと高いけど帆布製で長持ちする一生ものだから!一尺指しや長めの竹べらなどがちょうど入れるものはなかなかないんです。

お話、ありがとうございました!